0001 思い切っていきたい(2015.04.04.

桜吹雪が舞い散る季節、何かしら新しいことを始めた方も多いことだろう。入学式、入社式、人事異動、いろいろ環境の変化もあろうが、どのみちたった一回の人生だ。思い切っていきたいものである。自分の場合は、昨年の3月で29年間続けてきた公務員生活に終止符を打ち、MBAの講座などを冷かしてから会社を設立した。また半年ほどキャリアカレッジに通って料理の勉強などをしてから、清澄白河にカフェをオープンさせた。「他人と違う道を歩む傾向にあるとは思っていたが、さすがにこれはマネできない」と言われている。体調を崩してフルタイムの勤務が無理になったからという、やむにやまれぬ事情もあったわけだが、安定した生活に胡坐をかいて、安穏とした老後を迎えるまでじっとしているなどということができる性格ではない。道に迷ったときも、とりあえず前に進む性質なので、何度も痛い目に遭っているのだが、こういった性格を変えられるようならとうに変えている。

 

また2002年から13年間、下町探偵団のウェブサイトで書き続けてきた「下町音楽夜話」を第666曲でいったん終了することにした。自分以外のライターさんたちはとうの昔に投稿が止まり、何年もの間、一人寂しく書き続けていたので、これも致し方ないと思う。自分の場合、いくらでも文章は書けるので、せっかく一定の認知をいただいていたものを捨て去るのは勿体ない。「続・下町音楽夜話」として新たなスタートを切ったわけである。結局のところ、音楽エッセイを週に一本書くことが、生活のペースとして確立されているので、止めるのも調子が狂うし、自分自身のアイデンティティを保つためにも書き続けようと思っている。

 

清澄白河駅から徒歩4分ほど、住所では平野一丁目になるビルの2階に「トゥルノントゥ(現在はGINGER.TOKYO)」はある。カフェと思っていただければ大きく違いはしないが、昔の喫茶店のようなものを想像されると、全然違うということになる。ランチ・プレートを中心としたメニューで、夜はアルコールも置いている。アナログ・レコードをLP1200枚、EP600枚ほど持ち込んで、昼はロック中心、夜はジャズ中心で流している。昔のジャズ喫茶的なものとも違う。エスプレッソマシンもあるので、そもそもキッチンが賑やかである。オープン・キッチンのため、むしろ調理の音が煩いほどだ。…やはり実際に見ていただいたほうがよさそうだ。文章では説明がしにくい。また自分が常に居るわけではないが、BGMは常に流れている。手が離せないランチ・タイムなどはHDDプレイヤーがある程度いい音を鳴らしているが、やはりアナログ・サウンドのほうが魅力的と思うのは自分だけだろうか。

 

最近はコーヒー好きが集まる町として雑誌などで特集記事が組まれることが多い清澄白河も、平成12年12月12日に大江戸線の駅ができるまでは静かな町だった。寺町的な性格もあって、夜は本当に暗く静かだ。清澄、白河、三好、平野、といったこのエリアは多くの歴史遺産も点在し、魅力的な街歩きコースとも言える。その一方で東京都立現代美術館が木場公園の北辺にできたこともあって、小さなギャラリーやカフェも点在し、高感度な若者も多い。十数年前からカフェを作るならこのエリアでと考えていたが、その当時は実際に行動に出る自分が想像できなかった。実は今でも信じられないと思っている。

 

町は大きく変わっていく。半蔵門線との乗換駅になり、同潤会ビルも再開発が入り、高層マンションが一気に増えてきた。江東区は2020年に開催予定の東京オリンピックの中心的な舞台となるため、これからもインフラ整備を含め、大きく変わっていくのだろう。…といっても、臨海部など南部地域が中心のはなしであり、築地市場が移転してくる豊洲も含め、もっともっと急速に変わっている。防災機能が強化される分には悪くないのだが、今後しばらく交通渋滞は避けられまい。地価も再び上昇することだろう。それでも、自分はこの清澄白河エリアが、未完成の町という印象が強いので気に入ってもいるのだ。今後もどんどん魅力的な町になっていく気がするからこそ、ここに店を構えたのである。

 

世界に類をみない高齢社会である日本の中で、子育て世代の若夫婦も多く、アートや音楽の話ができる高感度な若者が多く住むエリアであるということが何を意味するのか。高齢者も妙に元気がよい。週末の午後、古い音楽の話題で盛り上がれる60代とおぼしき御仁の元気な笑顔が堪らなく好きだ。地図を見ればワン・ブロック先に老人福祉センターと児童館の合築施設「深川ふれあいセンター」があるからというのが最大の理由なのかもしれないが、オシャレして街歩きを楽しむ人々が多いことは事実だ。

 

中低音が豊かなJBLのスピーカーから流れてくる音楽を聴きながら、好きな作家の新作でも読んでいることの心地よさは何事にも代えられない大事な時間である。世の中、思うように行かないことばかりだが、一瞬でも憂さを忘れさせてくれるカフェの何と心地よいことか。前進したければ立ち止まることも必要だ。ブルー・ミッチェルのトランペットが遠くで鳴っているような夕暮れ時、帰れる家があることの幸せを噛みしめるか…、明日は明日の風が吹くと嘯いてもうひと踏ん張りするか。どのみちたった一回の人生だ。思い切っていきたいものである。

 


         
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