0003 レコード・ストア・デイ2015(2015.04.18.

今年はやはり特別な春なのだろうか。知り合いの音楽好きは皆ポール・マッカートニーのことばかり話題にしている。49年ぶりの武道館のステージに立つというおまけつきの来日ツアーのチケットは、全て売り切れたようだ。さすがに手が出ないお値段で、今回はパスである。どのみち都合が合わない。無理してでも観ておきたいところだが、無理は無理だ。

 

音楽を楽しむことに対価を支払うという感覚がない若者が増えているという。インターネットで検索すれば、大抵の曲は動画で観ることができる時代だ。無理もなかろう。その一方で、アナログ盤の売り上げが伸びているというのが面白い。懐にゆとりのある50代以上ばかりがマーケットを支えているというわけではなさそうで、意外に若い方が買っているという。嬉しいではないか。アナログ派の裾野が広がることは大歓迎である。確かに中古レコード店を覗くと、その辺の状況は一目で分かる。しかも昔に比べると女性が多いのである。レコガールが増えるなんて、昔では考えられなかった。

 

自分が学生の頃は、千数百円から二千円程度の新盤(もちろん輸入盤である)を購入するのは余程好きなミュージシャンだけで、大抵は中古レコード店のお世話になっていた。600円で入手したレコードは非常に多い。CDが主流になってからは、200円で入手したものもかなりの数にのぼる。それでも、腹が減っているのを我慢して購入したレコードに対する愛着は格別のものがあり、忘れられるものではなかった。今はそういう時代ではないのだろうが、漠々としたアメリカに対する憧憬を抱き、建国200年祭に違和感を覚えつつも、カリフォルニア幻想などと言われても実感することもなく、音楽から得られる限られた知識が拠り所だった極東の島国の一少年は、何か夢中になるものが欲しかっただけなのかもしれない。考えようによっては、昔風の自分探しだったのかと思わなくもない。

 

昨今はまさかのアナログ復活に沸いているが、1990年代2000年代の音源は、そうそう簡単に手に入らない。インターネットを駆使してアナログ盤を探すことに疑問を抱きつつも、便利な世の中になったものだと感心することもある。そもそもその時代の音源のアナログ盤は存在しない場合も多く、拘り過ぎないようにはしている。また、やたらとお値段のはる再発盤を目にするたび、若い人たちは手が出ないだろうにと、気の毒に思う。これではかえってマーケットの縮小を促しているだけではないかという気もするが、180gの重量盤をはじめとした高品質盤が多くなっていることは歓迎すべきだろう。

 

今年もレコード・ストア・デイ(RSD)がやってきた。どうもこれまでと違い、個人的にはあまり盛り上がれないでいる。欲しいアイテムが見つからないのだ。カサンドラ・ウィルソンの10インチ盤は何とか手に入れたが、それ以外にやたらと増えた「RSD関連アイテム」に欲しいものがないのである。別に困ることもないし、普段からアナログ・レコードに浸りながら暮らしている人間なので再認識することもなく、ただただやり過ごすだけになりそうだ。いち早くダウンロード販売の有効性に気づき、もうパッケージ・メディアでは販売しないと宣言したデヴィッド・ボウイのアイテムが毎度リリースされることは、嬉しくもあり、可笑しくもある。時代は確実にアナログ回帰しているらしい。

 

カフェのオーナーとして、懐かしがってあれこれリクエストしてくれるお客さんは非常に有り難い。経営者的には売上げの伸びないこの店がいつまで続けられるのかという、底知れない不安と戦う日々だが、懐かしい曲をかけた瞬間のお客さんの喜ぶ姿は大きなモチベーションになっている。21世紀になったころ、自宅の壁面を埋め尽くす大量のレコードをどう扱ってよいか考えがまとまらず、途方に暮れることも多かった。PCでデータベースを作りながら、時代の変化が恨めしく思えてもいた。アナログ・レコードの価値は変わらないという感覚が揺らぎつつも、惰性で中古盤を買い、整理するという日々だった。一部の新しいミュージシャン、例えばウィルコやノラ・ジョーンズといった連中がきっちりとアナログ盤をリリースしてくれることが励みにもなったし、やはりアナログで聴きたいという欲求にも繋がった。

 

とても手が出ない高級オーディオと、やたらと重量のある高音質盤が羨ましいと思ったことはない。新たなアナログ好きの入口を狭くしているだけだ。1万円程度で買えるレコード・プレイヤーの音質がどの程度のものかは知らないが、無理せずそんなところから深遠なるアナログの世界に踏み入って、徐々にステップアップしていけばよいではないか。レコードの販売形態は変わろうとも、アナログの魅力は変わらない。大きなジャケットのアート的な魅力も失せることはない。そこを魔境と感じるか、文化の香り豊かな素晴らしい世界と感じるかは、本人次第だろう。今日のRSDがアナログ入門のきっかけになる方もいらっしゃるのであれば、それもまたよしだ。ウェルカム・トゥ・ア・ワンダフル・ワールドである。

 



 

   

         
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