0005 1980年代の魅力(2015.05.02.

カフェをやっていて何が楽しいかというと、やはりお客様との会話である。最近は週末の夜になると音楽好きのお客様がやってきて、1980年代の音楽をリクエストしてくれることが多くなっている。実に嬉しいことである。自分より一回りほどお若い方たちが、多感な十代を過ごした時代というわけだ。自分にとっては70年代がちょうど十代なので、その頃の音楽に対する思い入れが強いということに十分納得がいっている。自分にとっては20代の頃だが、普通以上に音楽はよく聴いていたし、当然ながらアナログ・レコードもそれなりの枚数を所有している。一緒に騒いで楽しめることは、当然ながらできるのである。

 

1980年代は、70年代とは大きく違った。まずはベストヒットUSAなどのおかげで、音楽に映像という要素が非常に大きな意味を持つようになった上に、洋楽がお茶の間になだれ込んできたことだ。その後MTVも始まり、大量の素晴らしいミュージック・クリップが生み出されたことは鮮明な記憶として残っている。マイケル・ジャクソン然り、ピーター・ガブリエル然り、凝りに凝った映像が少年の目をくぎ付けにしたことは容易に想像がつく。鉛筆画の世界に入っていくA-HAの「テイク・オン・ミー」のビデオは、今更によくできていた。曲も大好きだった。

 

ミュージシャンも時代に合わせて変わらなければやっていけないものなのだろうか。バグルスが「ラジオスターの悲劇」で歌っているように、単にいい曲を歌っていればよかったシンガー・ソングライターも居づらくなっていたことだろう。一部のミュージシャンは産業ロックなどと揶揄されたが、音楽産業全体がビッグ・ビジネスになっていった時代でもあるこの頃、CDが出てきたこともあり、大きなマネーが動いていたのだろう。ヴィデオ・クリップも手間暇のかかるプロ集団の手によるものが多くなり、クオリティも向上した。

 

いまだにYouTubeなどで多くのものを観ることができるのは有り難いが、今の時代、映像クリエーターの数がこれほど多くなろうとは想像できなかった。結果的に音楽で食っていくことが難しくなってしまったという現在、新なビジネス・モデルを見出さない限り、単にミュージシャンとしてやっていける率はさらに厳しくなってしまったということか。1990年代初頭のバンド・ブームで一気に敷居が低くなったが、その反動は大きかったというわけだ。

 

ヒットチャートを賑わす音楽の主流が70年代初頭まではポップスだった。ハードロックやグラムロックなど、いろいろなかたちでロックが進出してきた。80年代にはヘヴィメタルなどもお茶の間に進出した時代である。一方でディスコ・ブームやパンク・ムーヴメントといったものもあった。ロック・ミュージック華やかなりし頃、ジャーニー、カンサス、スティックス、フォリナー、ボストン、フリートウッド・マックなどといった連中が素晴らしい曲を量産してくれたが、栄枯盛衰、いつの間にかチャートの中心がR&Bに取って代わられている。大好きだっただけに寂しい気もする。ヴァン・ヘイレンやホワイトスネイクなど、メタルやハードロックもチャートを賑わせた時代が懐かしい。

 

またテクノという新時代を予感させる音楽も、80年代に大きな位置を占めるようになったものである。エレクトロ・ポップと広く括れば、立派に一潮流を形成していた。ウルトラヴォックスなどもヒット曲を次から次へと生み出し、音楽そのものが多様化していった。前回はジャンルの細分化を嘆いたが、フュージョン・ブームというものまであるわけで、音楽の多様化と重ね合わせて考えると、必定だったのかと思わなくもない。YMOのようなクオリティの高いものが日本から発信されたことも忘れてはならない。ユーミンやサザンオールスターズなど、和製ポップ、和製ロックのクオリティが十分海外と比肩し得るものになった時代でもあると思う。

 

全てがバブリーだったのかもしれないが、ギラギラに輝いていた時代であることは間違いない。まだケータイもインターネットも無かった時代だが、1985年には筑波の科学万博も開催され、明るい未来の科学技術を夢見る風潮が社会に満ちていた。あれから30年、そこからの社会の変化、技術の進歩はSFをも凌駕するものだった。通信技術がこれほど社会を変えるということに気がついていた人間がどれだけいたのだろうか。音楽を聴くという行為も、CDが出てきたことで可搬性が高まり、一気にパーソナルなものに変容していったわけだが、通信技術がCDをも駆逐しかねない昨今、ここまで予測できなかったとしても、誰も責められまい。

 

自分のように、CDの音に満足できなかった人間は多かったはずだが、デジタルの手軽さは満喫させてもらいながらも、アナログ・レコードを集めるという行動を続けていた人間はそう多くないだろう。30年後にまさかアナログが復活するなどということは考えてもみなかった。「ジャケ買い」という言葉が一般的かどうかは分からないが、アナログ盤の大きなジャケットの魅力というものは、いつの時代でも支持が得られるもののようだ。

 

1980年代とは、音楽を楽しむという行為が総合的なアート鑑賞として最大限の魅力を持ち得た時代、単なる音声データをダウンロードして聴くというパーソナルな行為とは全く違った、社会性を伴った価値と魅力を湛えていた時代だったのである。いまだバブル崩壊後の長期間に及ぶ不況を知らずにいた時代、自分もお気楽だったなぁ…。

 

 


Hunting High And Low / A-Ha (1985)

         
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