0091 聴き比べのキモ(2016.12.24.

先日来、来月からスタートする聴き比べイベントの準備のため、いろいろなカヴァー曲を聴き漁っている。世にカヴァーというものは何万曲と存在するわけだが、オリジナルと聴き比べて面白いものはそう多いわけではない。単にアレンジを大幅に変えているから面白いとかいう短絡的な話ではなく、背景にある事情やその人選に至った経緯など、トーク・イベントのネタとなる話題性が無ければつまらない。有名ミュージシャンがやっているカヴァー曲がやはり面白いということにはなるが、複数のカヴァーが存在すると面白さは一気に増すことになる。

 

例えば、ボ・ディドリーの「ロード・ランナー」という曲は、オリジナルがさほど魅力的な曲でもないのに、不思議なほど多くのロック・ミュージシャンがカヴァーしており、カヴァー同士を聴き比べるだけで十分面白い。ジャングル・ビートの創始者の曲だからか、リズムに拘る姿勢が各バンド異なり、その部分を聴き比べるだけでネタになる。如何せん、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、が揃ってカヴァーしている上に、エアロスミスの極上カヴァーもある。プリティ・シングス、ゾンビーズ、アニマルズ、そしてザ・クラッシュなどもやっている上に、映画「バックビート」のサントラ盤ではデイヴ・グロールを中心としたメンツが演奏している。そして各々が意外なほど個性を出しているのである。自分の好みでいくと、エアロスミスのスティーヴン・タイラーの絶叫+バンドのタイトな演奏とノリがダントツではあるが、ザ・フーのヴァージョンではロジャー・ダルトリーのシャウトとキース・ムーンのはちゃめちゃなブレイクが楽しい。

 

パイソン・リー・ジャクソンというオーストラリアのバンドをご存知か?フェイセズ結成前のロッド・スチュワートを3曲でフィーチャーした「イン・ア・ブロークン・ドリーム」というアルバムが、一時期コレクターズ・アイテムとして人気を博した。1969年に録音したものの一旦お蔵入りし、アメリカで中ヒット後暫くして再発し、「マギー・メイ」が大ヒットした後の1972年にようやくイギリスでヒットしている。ロッド・スチュワートのクレジットが無いものがオリジナル盤だが、そういったこともあって、70年代の雑誌などでは、パイソン・リー・ジャクソンはロッド・スチュワートの変名として紹介されていた。

 

この曲、なかなか渋いバラードで、ロッドご本人も少しは思い入れがあったのか、1992年に再度録音している。ギターはデヴィッド・ギルモア、ベースはジョン・ポール・ジョーンズというこれでもかのメンツでやっている。ロッド・スチュワートはよほどこの曲に拘りがあるのか、2015年にリリースされたアルバム「アナザー・カントリー」のデラックス・エディションにもパイソン・リー・ジャクソン版の同曲を収録している。発売前はデラックス盤を予約したらダウンロードできるという触れ込みだったが、デラックス・エディションやアナログ盤にはきっちり収録されていた。これは聴き比べる価値があるだろう。

 

ベック・ボガート&アピスは英米よりも日本で人気があるというグループだが、彼らが3曲もカヴァーしているドン・ニックスに関しては、全く無名と言っていいほど知名度が低い。クレジット・オタクが多い日本では、もう少し人気があってもおかしくない気もするが、レコードもCDも入手困難である。ともあれ、「スイート・スイート・サレンダー」と「黒猫の叫び Black Cat Moan」の2曲は、ジョージ・ハリスンが参加したことでも知られる「ホーボーズ、ヒーローズ・アンド・ストリート・コーナー・クラウンズ」に収録されている。この盤ですら、入手困難の極みなのである。ファリー・ルイスをフィーチャーしたブルース曲や、マッスル・ショールズ系、スワンプ臭が強いゴスペル曲など、泥臭いアメリカン・ミュージックが好きな方には堪らない大名盤である。これらをBBAヴァージョンと聴き比べる価値はあるだろう。

 

一方、ドン・ニックス作曲の3曲目「ゴーイング・ダウン」に関しては、何とも悩ましい。初出はドン・ニックスがプロデュースしたモロクというバンドの唯一のアルバム「モロク」であり、ドン・ニックス自らは録音していない。2002年にリリースされた「ゴーイング・ダウン」というセルフ・カヴァー集でようやく自身が録音したテイクが日の目を見る。さてこの曲、誰がやっても似たようなもので、聴き比べてもあまり面白味がない。悩ましいついでにユーチューブで検索してみたら、ローリング・ストーンズの2012年のツアー中に、ジェフ・ベックが参加してこの曲を演奏しているライヴ・テイクを見つけてしまった。ストーンズ+ベックのヴァージョンを聴いて確信を得た。多くのカヴァーを生んだ名曲かもしれないが、この曲、誰がやっても同じようなものになってしまうのだ。果たしてこれを聴き比べたところで面白いか?いやはや、これは実に悩ましい。聴き比べのイベントに参加されたお客様に判断していただく方がいいのかもしれない。そういう意味では、面白い素材と言えそうだ。トーク・イベントのネタとしては十分魅力的と言えるだろう。

 


   

         
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