0096 マンドリン・ウィンド(2017.01.28.

現在、カフェの壁面を使って、SABOTENSという女性二人の写真家の展覧会を開催している。路上園芸の写真家と、路上に落ちているものを撮影している写真家のコンビである。2015年に亡くなられた柳生真吾さんたちがやっていたプランツ・ウォークなどとも関係が深いようで、まち歩き系の中でも結構本格的なことをやっている人たちのようだ。写真展示のクオリティが非常に高いこともあり、個人的にはカフェの雰囲気がとてもよくなっていることが嬉しくて堪らない。

 

そのSABOTENSのスライドとトークショーのイベントが昨夜開催されたのだが、その中でスペシャル・ゲストとして、井上太郎というフラット・マンドリン奏者の生音ライヴが行われたのである。マイクはいらないと言われたので、音響の心配は必要なかったのだが、果たして聞えるのだろうかと少々不安に感じてはいた。しかし、実際始まってみれば、そんな心配は全く無用であることが一瞬にして知れた。店の空間全体に響き渡るフラット・マンドリンの高音は素晴らしく美しいもので、最も離れた窓辺の空間でも十分に聞こえることに驚かされた。本人も「レコードに囲まれて落ち着くし、いい空間だ」と言っていたが、ひょっとしてウチの店は結構いい音響装置になっているのかなと認識を新たにした。

 

以前、モノラル・システムを鳴らすイベントが開催されたときに、やはり最も離れた場所になる窓辺のスペースでも驚くほど聞えたことがあったが、どういうことなのだろうか?普段JBLのスピーカーで大人しめの音楽を流しているとき、窓辺ではあまり聞こえないのである。当然楽器は単音源だが、鳴り方としてステレオ・スピーカーと違いが出るということなのだろうか。撫でるように弱く弾く音は、さすがに至近距離でないと十分に捉えられないように感じるが、しっかりと弦を弾くときの音は、驚くほど大きく聞こえるのである。なかなか面白い経験だった。

 

井上太郎氏は京都の山奥で山小屋のようなところに住んでいるということだったが、アナログ・レコードが相当にお好きらしく、随分お買い上げいただいた。意外なことにロックもR&Bもいけるクチのようで、フラット・マンドリンという楽器から想像する限り、意外な気もした。TARO & JORDANというデュオ名義でリリースした「DID I LAUGH IN YOUR DREAM?」というCDをいただいたのだが、これがまた妙にいいのである。3日で10回は聴いたという程度にハマっている。アコースティック・ギターとフラット・マンドリンの音が、妙に哀愁を帯びた瞬間の美しいこと。なかなか侮れない。

 

自分にとって、マンドリンという楽器はおおよそ馴染みのないものである。ギターの情報と比べたら千分の一程度の知識しかない。唯一好きといえる曲は、ロッド・スチュワートの「エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー」に収録された「マンドリン・ウィンド」である。…というか、それ以外は思い浮かばない。しかもロッド・スチュワートのアルバムでは、この曲の奏者はしっかりクレジットされていない。「リンデスファーンのマンドリン奏者、名前は忘れた」と記されている。ロック・ミュージックの世界からすると、そういう扱いを受けてしまう楽器という印象は私だけのものではないだろう。

 

マンドリンという楽器は、持続音が苦手なのでトレモロ奏法が発達したと言われるが、どうもこの奏法が、マンドリンという楽器を自分から遠ざけることになっているようだ。一方で、ブルー・グラスの世界では、花形楽器といっても過言ではない存在だが、アルペジオ中心の弾き方なら、自分の耳にも十分に馴染む。パンチ・ブラザーズなどの現代ブルー・グラスは嫌いではない。また英国のフォークロック・グループ、マムフォード・アンド・サンズなどはむしろ大好きな部類となる。どことなしか哀愁感が漂う音色に魅力を感じるという程度のことは言わずもがな、北米大陸の嫌になるほど真っ直ぐな道を走っているクルマの中では、マンドリンやバンジョーやフィドルなどの高音のほうが心地よく感じることも体感した。

 

清澄白河にあるカフェのキッチンからの眺めは、やはり面白い。人と人の繋がりが複雑に絡み合い、織りなしてゆく様々な人生模様が垣間見えると言えば大袈裟か。しかし、ただ飲食店を経営しているというだけでは決して説明しきれない、実に濃密な交流が展開されていることも事実なのである。舞台は清澄白河に限らず、京都だったり、新潟だったり、奄美だったり、広範囲に及ぶことに驚かされる。意外なつながりが明らかになるに連れ、目に見えない大きな力に導かれているような、不思議な気分になることすらあるのである。今回のイベントでも、様々な人の繋がりに驚きの連続なのだ。しかも、その複雑な関連性を象徴するかのように、井上太郎というマンドリン奏者は存在し、しかもそこに哀愁漂うメロディでBGMを添えてくれている。どうやら、まだ、立ち止まるわけにはいかないらしい。しばらくは、絡み合う人間関係を解きながら、整理するつもりでいるのもいいだろう。ようやくカフェ経営の面白さが表に現れてきたぞ。

 


   

         
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