0119 夢を追い続けるということ(2017.07.09.

先日、「7本指のピアニスト」と呼ばれる、西川悟平さんのコンサートが深川江戸資料館で開催された。パナソニックのCMにも出演しているので、ご存知の方も多いのではなかろうか。ウチのスタッフの友人が取り仕切って、親子で参加できるコンサートと銘打って、格安料金で開催にこぎつけたものである。そもそも子どもとコンサートは相性が悪い。じっとしていられない年齢の小さなお子さんをコンサート会場につれていくこと自体、親御さんにとっては気が引けるだろう。それが親子で参加することを目指しているのだから、有り難い。ウチも後援につき、微力ながらお手伝いすることができた。

 

80分ほどの本番を終えた後、本を書かれていることもあり、サイン会が開催された。その後有り難いことに、スタッフ向けにセカンド・ステージを設けてくれた。ボランティアで会場整理などを手伝ってくれた皆さんに、落ち着いて聴いて欲しいからということだったらしいが、嬉しいことに自分もその場に呼んでいただいたのである。3曲ほどだが、素敵な演奏を耳にすることができて、実に嬉しかった。ただし、このコンサートの打ち上げ会場にウチを選んでいただいたこともあり、「仕込み、どうすんねん!」という不安やら、いろいろな考えが頭の中を巡っており、傍目にはまともな人間に見えなかったのではなかろうかと、今更に心配になってしまうほど混乱していた。

 

コンサートが終了した後の、ガランとしたホールに一人で座っていることは、殊の外心地よかった。ステージ上のグランド・ピアノを眺めながら、人心地ついた瞬間は何とも快適だったのである。しかし、それはホンの一瞬、騒がしい子どもたちがなだれ込んできて、静寂はあっという間にかき消されてしまった。その状況はセカンド・ステージが始まってからも変わらず、大声で騒いでいる子や走り回っている子が何人もいるなかで、西川さんは演奏したのである。きっと本割りの80分間もこんなものだったのだろうと想像できたが、驚くことに親御さんたちは、騒いでいても一切叱らない。「最近の子育ては昔と違うな」と呆れた気分が半分、ステージ上では曲の紹介を終えて鍵盤に向かった瞬間、集中力をマックスまで高めているピアニストがいることの驚きが半分、実に面白い経験をさせてもらった。

 

病気で指が思うように動かないことの苦悩を乗り越えて、世界を舞台に活躍している尊敬すべきお人柄や見た目とは裏腹に、大阪の方だけによくしゃべる。夢を捨てないで前向きに努力を続けることの大切さを伝えたい気持ちが人一倍強いようで、しゃべる、しゃべる、しゃべる。呆れるほどよくしゃべる。打上げの中での会話が聞こえてきていたが、実に楽しい方であると同時に、やはりもの凄いバイタリティ、強いメンタリティの持ち主であることが知れる。人知れず努力もしたであろうことは想像に難くないが、まあ凄い人だ。

 

セカンド・ステージ直前の静寂の中で、自分はチック・コリアとゴンサロ・ルバルカバの2人のピアニストがステージ上で対決したライヴ映像を思い出していた。既に世界的な名声を確立していたチック・コリアに対して、気鋭の新人ゴンサロは、誰もが驚く超速弾きで世界中の注目を浴びながら登場してきた男である。挑みかかるように猛烈な高速パッセージで観客を喜ばせておいて、「さあ、どうだ」とチックに渡した瞬間の表情は長くは続かなかった。しばらく無音の後に、チックは渾身の1音のみをピーンと返す。その瞬間、のけぞるゴンサロの姿をカメラは見事にとらえていた。そう、音楽は手数の多さで評価すべきものではない。

 

また、頭の中では、高橋悠治のサティ作品集の音が流れていた。極限まで削ぎ落された音数の少なさに緊張感すら漂う美麗なメロディは、深夜に一人で聴くことが多い最近のお気に入りだ。音数の少なさ故か、ライト・クラシックなどと呼ばれているようだが、ライトもヘヴィもあったものではない。交響曲などと比べるほうがどうかしている。高橋悠治の集中力が、音の一粒一粒に乗って伝わってくる名演である。西川悟平さんの演奏を聴く前は、音数が少ない演奏を想像していたのだが、実際耳にした演奏は、通に音数も多いものであった。意外な気分も半分に、仕込みのため急いで店に駆け戻った頃には、サティは消え去っていた。

 

夢を捨てずに追い続けることというのは、決して簡単なことではない。生活が懸かっているからと、夢を諦めることの方が当り前の世の中、どれだけの人が実際に自分の夢を追い続けているのだろうか。おそらく0.1%にも満たない割合ではなかろうか。「たった一回の人生だから、好きなことをやろう」と普段から言っている自分だが、今のような趣味的生活を満喫するまでに、29年もの間、やり甲斐もない仕事をしていた。やはり取り戻せない時間のあまりの長大さに、圧し潰されそうな気分になっているのである。

 


   

         
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