0148 ペラ・ジャケ盤の謎(2018.02.04.

店で使っているオーディオセットは結構気に入っている。開店準備の時間がない中、オーディオユニオンのスタッフに相談しながら安く仕上げた組み合わせだが、店に置いて結線した最初の頃から気に入った鳴りだった。ヴォリュームを上げて聴かないとノイズをかんでいるような鳴りになることがままあり、それが唯一気になる点ではあった。オーディオの専門家さんたちは、もう少し高い位置から音が出せるように「台を高くしろ」と、口を揃えておっしゃる。テーブルの下に回り込んでしまう音があることは承知しているが、現状で十分満足のいくバランスで鳴ってくれる。レファレンス的に使うノラ・ジョーンズのファーストも、実にいい感じの鳴りである。

 

唯一の欠点と思われる、ノイズがかんだような鳴りになる盤は確かにある。その最たるものが「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」と称されるヘレン・メリルのファーストである。大好きな盤だけに残念なのだが、この盤がなかなかの曲者なので、反対にその状況を楽しんでいるとも言える。BGM的に聴いていて、クリフォード・ブラウンのトランペットがジャスト・タイムで出てくる瞬間などにオッと思わせることしばし、毎度夭逝の天才を惜しむことになる。「ニュー・ヨークのため息」と呼ばれた彼女の声質は適度にハスキーで、アルバムの全体を通して実に雰囲気がよい。2曲目に出てくる大定番の「帰ってくれればうれしいわ You’d Be So Nice To Come Home To」、そしてやはりCMでも使われた「ホワッツ・ニュー」に繋がっていく流れが最高だ。自分にとってジャズ・ヴォーカルとはこういうものだという2曲である。

 

そもそも、あまりジャズ・ヴォーカルは得意ではないので語る資格もないかもしれないが、自分はクリフォード・ブラウンが聴きたくてこのアルバムにたどり着いた。ダイナ・ワシントン盤も最高ならサラ・ヴォーン盤も最高、クリフォード・ブラウンという男は歌伴でこそ真価を発揮すると思っているところもある。もちろんリーダー作はすべて聴き漁り、発掘音源だの彼の残された演奏は一曲残らず聴いた段階で、やはりそう思ったのである。彼のオリジナル・アルバムはもちろんどれも素晴らしい。「スタディ・イン・ブラウン」は歌伴をしのぐ出来かもとも思う。とにかく大好きなトランペッターの最高の演奏がここにはある。

 

しかもこの盤は、かのクインシー・ジョーンズ21歳の時点の極初期のプロデュース作品なのである。さすがに、文句なしのアレンジだ。後の多くのジャズ・スタンダードの基本形がここにある。しかし、このアルバムのジャケットは好きではない。よく入門盤としても紹介されているので、ジャズにハマり始めた頃の比較的早い段階で入手した。あまりにジャズ臭が強いジャケットに「ぺぇ~」と思いながら、これが24歳の顔かと不思議に思った。眉間の皺の深さから50歳ごろの録音かと思い、勘違いするほど混乱させられ、いろいろ調べまくったほどだ。とにかく中身は素晴らしいが嫌いなジャケットの代表である。

 

ヘレン・メリルのファーストに関しては、自分の手元には2枚のアナログ盤と1枚のCDがある。SHM-CDはあまりに評判が悪くて買う気がしなかった。どのみちデジタルの音にはさほど興味がない。アナログ盤は21世紀になって再発されたものも購入して店でしばらくかけていたが、とりわけこれといった特徴もない輸入盤だったので誰かにあげてしまった。気になるのは残る2枚のアナログ盤で、どちらもエマーシー盤で発売元がキング・レコードと「エマーシー・ベスト・マスターズ・シリーズ」と書かれた再発盤は日本ビクターである。発売当時の定価が1700円と1750円、両者ともそれなりに古いものである。キング盤はペラ・ジャケでジャケ裏の解説が油井正一氏、日本ビクター盤はジャケットが白く縁どられたよくあるタイプのジャケットで解説は岩浪洋三氏、どちらも自分なりには気に入っている盤である。日本ビクター盤は実に大人しい鳴りで、ボリュームを上げないとノイズ感が強い。最初に入手して聴いたのがこちらなので、自分にとってのスタンダードはこちらだが、後に入手したペラ・ジャケ盤が気になっていけない。ペラ・ジャケは入手した時点で底が抜けており、それほど状態がよくはなかったが、針飛びするわけでなし、問題なく鳴る。そして、ゾクッとするほどリアルな鳴りでノイズ感もない。両者ともモノラルだが、いかにもジャズといった鳴りはペラ・ジャケのキング盤である。

 

そして大きな相違点がある。この盤のジャケットは歌っているヘレン・メリルの顔の前にマイクがあるデザインだが、そのマイクの位置に曲名が並んでおり、多くのものはビリー・ホリデーのカヴァー「ドント・エクスプレイン」から順番に書かれている。ところが、ペラ・ジャケは最初に「ス・ワンダフル」がきており、レコードに収録されている曲順で表記されているのである。しかも少し大きめの文字で「with CLIFFORD BROWN」と「musical arrangements by Quincy Jones」と記されているのである。正直言って、これが逆なら気にならなかったろうが、初期に売られたものの方にこういった追記が見られることが不思議でならないのだ。内容が素晴らしく、彼女のヴォーカルで人気が出たから、クリフォード・ブラウンやクインシー・ジョーンズの名で売る必要がなくなったということか。ちなみにCDは「ドント・エクスプレイン」から始まるものが多く、最近の盤はもうグチャグチャの曲順になっていたりする。随分印象が変わってしまうので、せめて曲順はオリジナルのままにしておいて欲しいものだ。一体何がしたいんだか…、いずれにせよ聴き飽きることがない名盤ではある。ペラ・ジャケ盤のおかげでノイズ感なく聴くことはできるようになったが、もう少しこの盤に関しては研究する余地がありそうだ。

 


   

         
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