0151 感謝される日々(2018.02.24.

先日来、カフェにレコードを持ち込んでくるお客様が続いている。テレビで紹介されたこともあり、「様子を見に来た」などと言いながら、オーディオのチェックということなのか、ご自身の盤をかけてくれと言う。同じものがあってもオリジナル盤と再発盤では音が違うので、やはり持ち込まれた盤でなければいけないらしい。盤質があまりよくないものは針が傷むのでお断りしたいところだが、それほどのものにはまだ遭遇していない。レアな音源などが聴ける場合は有り難い気もするが、正直なところ、面白くないものもあるにはある。何故この盤が聴きたいのかということは伺うようにしているが、多くの場合は好きだからといった程度の理由しかないので、聴かれても困るというような顔をされる。ご自身が関係しているレコードが困りもので、面白かったためしがない。特にご自身がコーラスに参加しているなどというものは、聴いても分からないし、素晴らしい演奏とかいった類のものではない。感謝されるシチュエーションではあるが、できることならお断りしたい。

 

ソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」(多分オリジナル盤)を持ち込まれた方は、店にあるA面とB面が入れ替わった国内初回盤との違いを楽しまれていた。音質はどちらがいいというものでもなく、好みの差と言いたいところだが、国内盤の端正な鳴りに比べ、ザラッとした感触のリアルな鳴りの輸入盤に通常は軍配が上がるのだろう。こういった聴き比べは、当然ながら楽しい。ジャケットの色味が随分違うところも面白いが、歴史的名盤の貫禄はいずれも大したものだ。

 

一昨日は、キャノンボール・アダレイの1974年の音源という、初めて目にしたものを持ち込まれた方がいた。ドロドロにドス黒いファンキーな音の塊が、猛烈なリアリティを伴って飛び出してくる。少々フリーの要素も垣間見られるところが時代を感じさせるが、最晩年はこんなにファンキーだったのかと認識を新たにした。あまりしっかり聴いていないミュージシャンだけに、語れることが少なくて残念だが、如何せんジャズという枠組みから少しはみ出した位置にある音源は、いずれの時代のものも格好良いものが多い。一部の軟弱なフュージョンとは全く違ったアプローチが好ましい。このお客様は、かなり柔軟な感性の持ち主らしく、持ち込まれた盤以外には、ルー・ロウルズやドクター・ジョンといったリクエストが飛んできて、大いに楽しまれていかれた。聴いている音楽の幅広さでは自分も負けていないとは思うが、こういう趣味の方は意外に少ない。実に嬉しいお客様だった。

 

昔の上司のGさんは、お友達と二人でやはりアナログ盤を持ち込んできた。Gさんのハリー・ベラフォンテの中野サンプラザでのライヴ盤は華やかなショーを伝えるものだった。この日面白かったのは、お友達が持ち込んだ蒸気機関車の音を収録したレコードだ。こういったものの存在は情報として知ってはいたが、実際に耳にするのは初めてだった。猛烈な臨場感は録音技術の高さを物語っていたが、2枚のうち一枚は矢島正明のナレーションが入っており、こちらは放っておいても楽しめるものだった。ナポレオン・ソロやスター・トレックのカーク船長の声で語られるSLの歴史に、ついつい聴き入ってしまった。国鉄職員の父親を持つ自分も、わずかながら鉄オタの血が流れているのである。もう一枚は純粋に列車の通過音のドキュメンタリーなので、何分も無音が続いた後に蒸気機関車が通るだけであった。これをカフェのスピーカーから大音量で流すというのは、なかなかシュールな体験だった。

 

何度も書いていることだが、スピーカーから音を出して聴くという行為が、なかなかやり難い世の中になってしまったようで、多くの方はイヤフォンやヘッドフォンで音楽を聴いている。そういった聴き方が当たり前になったのは、ウォークマンの登場によるライフスタイルの変化がもたらしたものだろう。今更にオーディオセットはないが、捨てられないレコードがあるという方は意外に多いのだ。久々に懐かしい音源を耳にして、満面の笑みで感謝されることは、こちらも非常に楽しいものである。オーディオの違いでそういうことになるのだろうが、「昔持っていたステレオでは聴こえなかった音まで聴こえる」と驚かれることもある。これはこれで、また面白いものである。

 

先週は、80年代のFMレコパルなどを眺めながら、大量のカセットテープを箱買いしていたなどという話題で盛り上がったりしたこともあった。話の流れで、テリ・デザリオが歌う「オーバーナイト・サクセス」が使われたソニーのカセットテープのCM動画を観て騒いだりもした。ここ数年、日々懐かしい音源を耳にしながら過ごしている自分のような人間には薄れてしまった感覚かもしれないが、懐かしい音源を耳にして、芋づる式に次から次へと記憶が蘇ってきてしまい、一人の世界に入り込んで行ってしまうお客様の多いこと。お会計をしているときに、いきなり感謝の言葉を伝えてくる方もいらっしゃる。この店をやっていてよかったなあと思う瞬間でもある。「美味しかった」と言われることも嬉しいが、甲乙つけ難いほどに「懐かしかった」も嬉しいものなのである。

 


   

         
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