0212 さよなら平成(2019.04.27.

平成が終わり、令和という新時代の幕開けが近づいている。このタイミングで、10連休という有り難いようなこじ付け的大連休が国民には提示されるわけだが、そんなに休んでいられるのは余裕のある企業の従業員か役人程度の話だろう。普通に考えたら、恐怖の10連休ということになるのではなかろうか。時給で働いている人間は生活が苦しくなるだけだし、飲食店の経営者など休めるわけがない。そんなに休んでしまったら潰れてしまうではないか。いったい誰のためのものなのかよく分からないまま、戦々恐々としている。昭和天皇が崩御されたときも、経済的な影響が深刻という見方のニュース番組があったことが懐かしい。まだ地方公務員だった自分には、爆風スランプの武道館公演が中止になったこと以外には大した影響がなかったように思うが、まだ見ぬ「バブル経済の崩壊」という恐怖が直後に待ち受けているとは誰も想像していなかった。

 

ただし、日経平均株価が数年前の4倍近い数字になっていたことに異常事態だと考えていた人間は少なからずいた。自分の周辺では、長続きはしないということは皆口にしていたし、役所の資金はハイリスク・ハイリターンの商品には回せないので、ローリスク・ローリターンの大口定期預金などで運用していた。いつでも覚悟はできていたのだ。それでも金利が8%を超えており、歳入の計上をいかに前倒しするかで利ザヤが大きく動くわけで、可能な限り歳入を計上しまくるのが自分の仕事となっていた。随分頑張って電卓を叩きまくったが、誰からも感謝されるわけでなし、何とも虚しい時間の使い方だった記憶だけが鮮明に残っている。

 

1989年という年は、自分の戸籍に×がついた、個人的には人生で最も楽しくなかった時期でもある。ヒマさえあれば、自宅から徒歩1分の場所にあった名画座で古い映画ばかり観ていた。音楽は聴くには聴いていたが、ボン・ジョヴィやデフ・レパードといったポップなロックが心地よい程度で、カレッジ・チャートなるもので人気になっていたカウボーイ・ジャンキーズなど少しは拘って聴いたりもしたが、気分的に冷めきっていた。ブルースを聴き始めたのはこの頃で、タイミングよく発売になったCD付き書籍である山川健一著「ブルースマンの恋」に随分救われたような気分になっていた。そこに登場するマディ・ウォーターズやサン・ハウス、ハウリン・ウルフといったブルースマンにどっぷりハマっていった。中でもロバート・ジョンソンは多くのロック・ミュージシャンがカヴァーしており、ロック好きにも敷居が低かった。随分愛聴したものである。

 

80年代中頃からこの時期にかけて、ローリング・ストーンズの活動はかなり停滞していた。メンバーがそれぞれ個性的なソロ・アルバムをリリースしてくれ、意外に楽しめるものもあった。元々大好きだったロン・ウッドはボ・ディッドリーなどとゴキゲンな音源をリリースしてくれ、ブルース・リヴァイヴァルの大きな呼び水になったように記憶している。ローリング・ストーンズ本体よりもストレートに格好良いブルース・ロックを演じてみせ、そこでは印象的な図太い音色のスライド・ギターが気持ちよく鳴っていた。ギブソン系の音色であり、フェンダー系のストラトキャスターやテレキャスターの音ではない。当時ほとんどのロック系ギタリストがフェンダー系の音になっており、自分はそれが気に入らなかった。ギブソン系のハンバッカーの音が鳴っているものの多くは、ポール・リード・スミスなどのやたらとサステインが効く軽めのギターで、ギブソンのレス・ポールが最高と考える自分には「何か違う」という印象しか残さなかった。レス・ポールは、やはりあのボディの厚みが独特の重さを伴った鳴りをもたらすのだ。

 

自分の場合、レス・ポール使いのギタリストでとりわけ好きなのがジミー・ペイジで、彼はもう別格。その次に来るのがロン・ウッドやピーター・フランプトン、そしてジョー・ウォルシュあたりである。ジョー・ウォルシュはいろいろなギターを曲で使い分ける人だが、好きな曲に限ってレス・ポールなので、やはりギターの特性がよく分かっている人間だと思う。ロン・ウッドは本来ゼマティスの人間だが、図太いカッティングが聞かれる曲は皆レス・ポールの特徴を上手く引き出している。その他にも、レス・ポール系の音が特徴的なギタリスト、フォガットのロンサム・デイヴ、フリーのポ-ル・コゾフ、ミック・ロンソン、ミック・ラルフス、ミック・テイラーといったあたりが、最も好んで聴くあたりだったりもする。ルーツをブルースにもつギタリストが、レス・ポールにスライドバーを擦りつけて弾いているようなギターが何よりも好きらしい。音楽的なスタイルが変わっても、例えばヘヴィメタル的になったところで、ブルースをルーツに持つエイドリアン・ヴァンデンバーグが弾くレス・ポールが好きだったりするのだ。

 

後々ズブズブにブルースにハマって初めて理解したのだが、結局のところ、ブルースを焼き直したロックが大好きなのだ。一旦はブルースやジャズばかり聴くようになって、ロックはまったく聴かなくなった時期もあるにはあったのだが、振り返ってみると、自分にとっての「平成」は、ロック回帰の時代であり、アナログ回帰の時代であり、自分のルーツを検証し続けた時代なのである。何故こんなに後ろ向きなことになってしまったのかと呆れもするが、やはり昭和末期の時代に対する反省的な態度なのかもしれない。どうもそれで辻褄が合ってしまうのだ。さて、令和はどんな時代になるのやら、楽しみではある。

 


   

         
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