0223 ハートランド・ロック(2019.07.13.

トークイベント「Music & Talk “The 1984”」が終了した。前回(昨年8月)1984年を特集したときとあまり大きく内容は変えなかったが、それでも5曲ほどは入れ替えた。外せない定番曲があまりに多く選曲に苦労する時期だが、前回ほどヘヴィメタルやソウル/R&Bの曲まで満遍なくかけることに徹せず、自分の好きな普通のロックを多くした。それでもやはり、トリはマイケル・ジャクソンになってしまった。「セイ・セイ・セイ」と「スリラー」を映像とともに楽しんだわけだが、自分にとっての1984年はバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」であり、ソニーのカセットテープのCMで使われたテリ・デザリオの「オーヴァー・ナイト・サクセス」なのである。如何せん10組ほどのアーティストが年間HOT1003分の1を占めてしまうこの年、シンディ・ローパーやヒューイ・ルイス&ザ・ニューズ、ヴァン・ヘイレンなど、誰もが納得する時代の音も存在する。最大公約数的にみんなで楽しむことの難しさよ。

 

この年、ジョー・ジャクソンも確かによく聴いた。彼の「ナイト・アンド・デイ」と「ボディ・アンド・ソウル」は、予備のレコードも早々に購入したお気に入りである。さらにはブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」も何枚も予備がある状態だ。12インチ盤もいろいろリリースされたので、それはそれは凄いことになっている。如何せん7曲もシングルカットしてしまった大ヒット盤である。マイケル・ジャクソンの「スリラー」、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズの「スポーツ」、ビリー・ジョエルの「イノセント・マン」などといった、この時期のアルバムはいっぱいシングルヒットが収録されている大名盤揃いでもあるのだ。

 

「ボーン・イン・ザ・USA」を聴き返していて、何故日本ではハートランド・ロックというものの認識が薄いのかということが気になって仕方がなかった。ハートランドと言えばビールしか思い出せない方も多いことだろう。ストレートなロックやカントリーにオーバーラップしてジャンル分けされるハートランド・ロックの代表的なミュージシャンはブルース・スプリングスティーン、トム・ペティ、ボブ・シーガー、ジョン・クーガー・メレンキャンプといったところである。キーワードとして、「ルーツ・ロック」「ブルー・カラー」ということになり、労働者階級に好まれる音楽である。往々にして歌詞で聴かせる音楽に弱い日本人にとって、微妙な位置づけにある音楽でもある。

 

さてブルース・スプリングスティーンの「ダンシング・イン・ザ・ダーク」のミュージック・クリップはライヴ・シーンなので特には感じなかったのだが、その後ヒットし続けた「グローリー・デイズ」や「アイム・オン・ファイヤー」などもチェックしたところで、これはハートランド・ロックという言葉に関する解説が必要なのかもという思いが沸いてきてしまったのである。工場労働者が退社するシーンや、楽しみがベースボール以外にないのかと突っ込みたくなる映像は、労働者階級の代弁者としての自己アピールであり、承認欲求の塊のようなミュージック・クリップである。「アイム・オン・ファイヤー」などは自動車工場で働いている設定が、ちょっとやり過ぎではと思いたくなるものである。マイケル・ジャクソンのダンス・シーンのせいだとまでは言わないが、MTVが始まってほんの数年で音楽は映像で売る時代になってしまった。ミュージシャンも演技ができなければいけない時代になってしまったのだ。フィル・コリンズやブルース・スプリングスティーンは随分しっかり演技するミュージシャンという印象が強い。

 

トム・ペティなどもヒット曲の映像で、ライブハウスの裏口付近でたむろしているようなシーンがある。もう小さなハコに出演しているはずもない連中が、大きなコンサートホールの映像ではなく、こういった薄暗い路地のようなところに立っている設定が違和感バリバリなのだが、こうする必要があったのかなという気もしないではない。ジョン・クーガー・メレンキャンプなどは、もう埃臭い映像ばかりで、日本では受けが悪そうな代表格だが、これもハートランドを体現していると思えば納得もする。面白いのがビリー・ジョエルの存在で、「アップタウン・ガール」の映像などまさにハートランド系と言いたくなる自動車工場のシーンだが、やはり演じてなれるものではないようだ。ハートランド系に支持されたくても、実際にはなりきれなかった中途半端さだけが感じられる映像である。ビリー・ジョエルの場合は、他の曲でもイメージ操作の意図が見え見えで好きになれないものが多い。曲がいい分、余計に残念に思えてならない。

 

1980年代中盤、バブルに突進していき始めた日本は、エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」以降、ジャパン・バッシングのさなかにいた。その時期、アメリカの経済は決して順調だったわけではない。日本勢に押しこまれたデトロイトで、日本車を潰すパフォーマンスのニュース映像が流れたりもした。ヴェトナム以降、疲弊したアメリカの怒りの矛先が日本に向いていたのは確かだが、その影響を思い切り引っ被った労働者階級の捌け口や癒しのツールとしてのハートランド・ロックがどういうものか、日本人には理解し切れないものなのかもしれない。特にブチ切れそうなスプリングスティーンが代弁しているメッセージの強さが、この時代の空気感を代弁していることは間違いなさそうだ。

 


   

         
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